情報のストックとフロー。
読書&お茶から帰ってきたよ。夜もまだ暑いね~。今はすっかり忘れてた洗濯中。。
「人生で大切なことは月光荘おじさんから学んだ」読み終わったよ~。めっちゃ面白かった、というより、今の自分が欲しかった情報や感情が載っていたというか。。
私は、本や雑誌を読んでると、情報ってなんだろうってたまに考えるんだー。
私が考えるのも、おこがましいとは思うんだけど……。
雑誌に載っている情報は、流れていく情報が多いのかな。
グラビアや、イラスト、コラムなどが多くて、その場で目を楽しませてくれたり。
仮にそれは「フロー」だとして……、
(経済学や投資では微妙に意味合いが違うようなので申し訳ないのだけど……)
本というのは「ストック」の情報というか。ずっとためておいて、ひとつのテーマを体系的に学んだり深く考えるような情報が載っているような気がするんだ。
もし雑誌のなかの連載が単行本化したら、それは「ああ、流しておく情報じゃなくて、残しておきたい情報だったんだな」と思ったりする。
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私、このブログを読み返してみて気づいたんだけど、
読む本に一貫性がなくて、つかみどころがないなあって思ったの。
一つのことに詳しかったり、深く詳しかったりする人がいる一方で……。
だけど、法則性はあるみたい。
・そのときの気分に合った本を読む→気づきを得やすい、そのときの自分が探している答えを見つけられる
・いったん何ら関連性もない本を読み継ぐことによって、その二冊の本の情報の差で生じた「情報」や気づきを楽しむことができる。これが意外と小説のネタや、占いの言いまわしに使えそう。→こういうの情報のセレンディピティ(思わぬ拾い物)っていうんだって。
情報についての考え方って、きっとそれぞれなんだろうなって思ったけど、
私は自己発見・自己表現のために情報を得ているんだな、と思ったら、なんか恥ずかしいような、気づいてよかったような不思議な気持ち。。
でもきっと、私は自分の知の在り方を知ったんだって、
自信を持ったほうがいいよね?
いつも、ありがとう~。
おやすみなさい☆彡
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